目指す女子教育

一人ひとりの未来を見据えた英語教育

聖学院の沿革と英語教育−平方邦行校務部長に訊く


エデュ: 聖学院の歩みから現在行っている教育への流れをお聞かせいただけますか。
平方先生:

4年前、前任者から現在の役職を引き継いだときに、どうやって聖学院を、中身を伴ったものとして社会的に訴えていけるかを懸命に考えました。4年前といえば少子化に加速度がかかる時期でしたので、この状況下にどうやって勝ち抜いていくか、いろいろなことを考えました。

聖学院だからできることは何か、を考えるにあたって改めて沿革を紐解きました。聖学院は神学校から始まり、その後語学校ができ、旧制中学時代は優秀な生徒が集まる学校として発展してきました。終戦直後は特にそういう傾向が強く、公立学校の多くが焼けてしまい、新制になっても校舎の用意ができないままでいるなか、聖学院は建物がしっかり残り、優秀な生徒たちが入学してきて、優れた進学実績を残していたのです。その当時、優秀だったのは生徒たちばかりでなく、教員にも学問的にレベルの高い人たちが在職していました。そういう教員は後に多くが大学の教授になっていきました。

当時は受験勉強は自分でやるものであって、授業とは教科書の内容を教えるだけの場ではなく、「学問的なアカデミズムを体現する場」として暗黙に了解されていました。また、学校全体としてリベラルな雰囲気があって、旧制中学がもつ固有の良さを聖学院も残していました。

戦後、新制の中学校、高等学校へ変わっていくなかで、制度としては変わったけれど、学校としては変わらずにそのプライドだけを持ちつづけました。2002年度の指導要領改定で文部科学省が3割削減したのに、大学入試はそのことを反映しているわけではありませんでした。私立学校はしかも普通科高等学校ですから当然、大学入学試験を突破するのがひとつの使命なわけで、これに対応する教育上の保証を考えていく必要に迫られました。

考えたのは英語で成果を収めようということでした。数学で勝つことは、才能の要素もあって、なかなかむずかしい。しかし、語学でならば与え方とやり方次第では、他の上位校に遜色ないレベルには到達できるだろうと考えました。それが出発となって、経験者クラスの設置と語学力を伸ばす方法を担当者と話し合いながら創り始めたのです。

エデュ: 導入2年目ですから総括はまだできないと思いますが、順調に推移しているのではないですか。
平方先生:

そうですね。しかし、人間は大概保守的ですから、現状維持に固執したり、新しいことを始めるのに抵抗があったりします。だからこそあらゆる面で実績を出す必要があるわけです。数字は厳然とした事実ですから。しかし、ただ納得するだけでなく、方法まで含めて自分のやり方を改める用意が各担当者になければ本当の改革にはなりません。

今、中2と中1は連携が奏効してうまくいっています。しかし表面に現れない大変な努力が裏にあるのです。特に中1最初の段階では生徒のノートチェックは不可欠ですが、これがたいへんな労力となります。最初はこれを徹底しないと、生徒が帰宅してから復習できるようなノートが作れませんので、どんなにたいへんでも習慣化するまでやります。当然、生徒の依頼心を払拭するためにも徐々に頻度は減らしていきますが・・・。したがって先生は夜の8時、9時まで残って、1メートルくらい積まれたノートのチェックやテストの採点に忙殺されます。各先生は小テストも含めればテスト問題だけでも相当な量を作成しています。

今、社会全体がものすごい勢いで変化していますから、変われない学校は淘汰されていくでしょう。かつては私立中学校といえば経済的にゆとりのある家庭の子弟が通うところというイメージがありましたが、「うちは共働きで財産もありませんが、優れた教育だけは我が子に施したいのです」と言うあるお母さんの言葉が強く印象に残っています。そうなれば問われるのは教育の質です。そのためには「聖学院の質はこうです」、と嘘偽りなく言える内容を持っていなければならないでしょう。

昨年一歩を踏み出した英語教育のシステムはまだ緒についたばかりですが、こうした成果をしっかり根付かせ、みなさんに訴えていけるよう育てていかなければならないと考えています。なお、できるだけ厚味のある集団のなかで高めあうことが必要と考え、異文化の体験を持った帰国生の受け入れも行っていきます。