時代の変化の中で大学入試のスタイルは多様化しています。今や私立大学では、AO入試・推薦入試での合格者は入学者の半数を超えており、国公立大学においても増加傾向にあります。しかし、AO入試・推薦入試については、様々な誤解をされている方が多くいらっしゃるようです。
今回は、早稲田塾SOHKEN(総合研究所)AO入試・推薦入試担当、新城肇氏にインタビューさせていただき、その実情について知る機会を得ました。お子さまの大学受験のみならず、広く将来を考える上で参考にしていただけることと思います。
まだまだ多いと思いますね。一般の方々はAO入試・推薦入試について、情報がなくて知りようがない、というのが現状だと思います。「学科試験がない、書類と面接で入れる」すなわち、「テストがない、学力は必要ない」といった認識になるわけです。
現実には、テストはたくさんあり、知識や思考力も当然問われます。一番多いのは小論文ですが、小論文と学力が別物だという認識があり、イメージがわかない。大学に入ると、文献を読んで論文を書くわけですから、文章力で学力は測りうるのですが、それが学力と認識されないことが問題のひとつです。
しかし、もっと根本的な問題は、“学力とは何か”問うということです。そもそも、日本の大学入試があまりにも知識に偏った形で行われてきたことの弊害に対する危機感から、AO入試は拡大してきたんです。今、日本人の国際競争力が低いことが問題になっていますが、それは単に英語が使える、使えないではなくて、自分自身の考えを持ち、その考えを他者に伝え、他者とチームを組んで何かを創り上げることができるかどうか、が根本的な問題だと思います。これは大学受験のみならず、仕事にも通じる力です。大学と社会で必要な力をストレートに問うと、AO入試・推薦入試になるのです。
ところが、特に、AO入試・推薦入試で多く行われる面接、プレゼンテーション、グループディスカッションについては、それが「学力」だと理解されない。学力がないのに、口ばかりうまくても仕方がないと言われたりする。実際には、そうした力は大学に入ればすぐに必要とされる力ですし、グローバル人材としての国際競争力につながる能力でもあるのですが、十分に伝わらない。AO入試・推薦入試においては、学力を軽視しているのではなく、「学力観がまったく違う」というところが、理解されにくい部分だと思います。
国際社会で活躍できる人材ということを考えると、わかりやすいところで言えば、英語が使えるということがありますが、何よりも、自分のアイデンティティを確定することが絶対的に必要だと思います。自分自身は何者でどのように生きていきたいかを考え、将来のビジョンを持っていれば、誰とでも堂々と関わっていける。仕事をする上で、自分が社会にどうやって貢献していくのか、強い思いを持ってそこに存在していなければ、競争力も生まれないし、国際社会で互角に闘っていくことはできません。AO入試・推薦入試も全く同じで、アイデンティティを確定しないと、志望理由書という最初の書類が書けません。つまり、AO入試・推薦入試というプロセスを経て大学に入れば、その核を持つことができますし、大学入学後もそのままの姿勢で、すごいエンジンを持って加速していくことができるんです。
英語を身につけるにしても、重要なのは、「英語を使うことが必要だ」というモチベーション。目的意識やビジョンがあれば、大学入試のためにということではなく、将来やりたいことをやるために、英語を勉強するようになります。目標設定が早ければ早いほど効果は大きい。
どういう人を育てたいか。おこがましいですが、「我々自身がどういう人間になろうとするのか、その生き方を生徒と共に実践する」ということが、塾のテーマでもあります。1989年に早稲田塾では、入塾テストにアドミッションシート(志望理由書)を使い、何のために大学にいって何をしたいのか、なぜ早稲田塾に入りたいのか、志望理由を書かせました。本人のやる気に火をつけるには、単に「難関大学に入りたい」だけでは無理だと感じていたので、その目的を知りたかった。そうした中で、90年から慶應義塾大学SFCがAO入試・推薦入試を始めました。志望理由書を書いて、面接をするという、目的意識と意欲に高い比重を置くこの入試が登場し、その実態を知った時、同じ志を感じ素晴らしいと思いました。
AO入試・推薦入試は増加傾向にあり、2008年の時点で、私立大学の入学者の51.4%に達しています。現在、ほとんど全ての私立大学が実施していますし、国公立も、8割以上が実施しています。しかし、この5年位の間に二極化も始まっています。大学側が高い志を持ってやっているところはうまくいき、定員確保のための手段として安易に導入し、ただ学科試験のハードルを低くした大学は失敗しています。旧帝大と言われる国立大学の中で、最初にAO入試・推薦入試を実施した東北大学工学部では、入学後の成績が一番いいのはAOでの入学者です。「学力重視の試験をしているから、成功している」といい、一昨年全学部に拡大しました。基礎学力を見るものとしては、センター試験と、評定平均を高いレベルで設定(4.3以上)。これで、ある種の基礎学力は担保される、というのです。
国際競争力をテーマに、今までの入試に対する見直しもされており、東京大学の秋入学はこれを象徴しています。これは単に外国と暦を合わせるということではなく、「受験準備の学びと大学での学びの乖離」が問題視されているのです。東大は本来、一般入試そのものが思考力の要求される内容を課していますが、それでも、必ずしも大学が求めるような学生が入ってきていないという現実がある。「点数至上主義の意識をリセットし、学びに取り組む姿勢を転換させる、インパクトのある体験を付与する」ことを教育上の大きな課題とし、ギャップタームをそれに充てることを明言しています。ですが、これをきっかけに日本社会全体が偏差値至上主義を捨て、「ギャップターム」の意図するものを丸ごと中学高校生活に取り込み、様々な経験をさせ、学びの姿勢を変化させていくようなことをしていけば、日本の国際的競争力は高まると思います。
今、大学にはかなりの危機感があります。何よりも困るのは目的意識のない人間が増えていることで、年間、5万5千人の学生が大学を辞めています。たとえば、国立大学の医学部でさえも、大学4年、あるいは6年生になってから、何をやりたいのかわからなくなったと言って悩む学生が出てくることが問題になっています。工学部でも、本当にものづくりに対するモチベーションの高い学生が少なくなってまずい、と。「大学と社会が求める人材を入り口でちゃんと選ばなければならない」という危機感から、大学にとっても手間暇がかかる、AO入試が増加していると言えるのでしょう。
首都圏の国立大学がAO入試を始めたことが大きいですね。東京大学、東京外国語大学がAO入試・推薦入試を始め、東京工業大学はAO入試の定員を10人から75人に増やしました。国立大学での実施が増えていくことで、質が変わっていくと予想されます。さらに、一般入試でも、AO入試・推薦入試で求められている要素が入ってくるということも多く見られます。これは、今年の入試問題ということではありませんが、早稲田大学法学部の入試の自由英作文は、「裁判員制度」について自分の意見を書く、というものでした。法学部に入学しようという人間が、こうしたことをきちんと考えたことがないようでは困る、というわけで、学ぶ姿勢、目的意識にかかわる問題と言えるでしょう。
AO入試・推薦入試をテーマにしていない。それに対策するという形でやっているのではないことだと思います。表現力を磨くことの一貫として、日本を代表する創作ミュージカルカンパニー「音楽座ミュージカル」と組んで行われる「シアターラーニングプログラム」、様々な分野で最先端の研究をされている大学の先生方の協力を得て実施される「スーパープログラム」や「塾育プログラム」は、自分を発見し、ビジョンを持って生きていく手がかりを得るために、大きな役割を果たしていますが、大学に合格するためというような短絡的なものではありませんし、それらは、AO入試・推薦入試を受験する塾生のためのプログラムではありません。
けれども、こうしたプログラムや体験を通じて、高校生が社会にどう関わっていくかを真剣に考え、ビジョンを持つようになると、志望理由書は明らかに違ってきますし、面接にしても、単に想定問答を練習していく人とは全く印象が異なるでしょう。自分自身を発見して、ビジョンを持ってスタートを切る場所に立った時、書類も変わり、話すことや受け答えも変わることは間違いありません。これは、大学に合格するためだけの対策ではない、本質的なことをやっているという点が大きいと思っています。
早稲田塾では、一般入試のためのクラスでも、様々な場面で、ちょっとしたプレゼンテーション、ディスカッションなどを活発に行える雰囲気があります。こうした環境は、生徒達にとって刺激にもなり、きちんと物事を考え、将来のビジョンを描くきっかけを与えることにもなっていると思います。