麻布学園の魅力について教えて下さい。
今年で創立117年目になりますけれど、明治28年の学校創立以来、自由闊達な校風、自主自律の精神が変わらず続いています。生徒は非常にのびのびと、もちろん教員も自分のしたい授業を通じて、学校のいろいろな活動が創立精神に基づいて行われていると言い切っていいと思います。
大きな学校行事としては、春の文化祭と秋の運動会があります。文化祭では、生徒たちはクラブや有志の展示などで日頃の成果を発揮します。髪の毛なども変えて表現する生徒もいますが、そんなところにも自主闊達の精神は端的に表れているかと思います。運動会も同じで、基本的には生徒たちの自主運営で競技やプログラムが組まれていますね。
生徒の自主性に任せる自由な校風ということですね。
生徒の服装や髪型がだらしないと思われる方も多いと思うんですが、一種の表現かなと思って、我々もあまりにひどくなければ、大目に見ているところもあります。あまりにひどい場合は注意することもありますが、大体は、文化祭で変な髪型をしていても、終わると坊主になるといった感じで、潔いですね。

細かい校則で縛る学校もありますが、うちはその対極の学校だと思います。中学・高校生は、若くて何も知らない部分があって、それで失敗するんだと思うんですよ。規則で縛ると、規則から出ない生徒はできると思うんですが規則がなくなったら大丈夫なのかなという部分があります。
ほとんどの生徒は大丈夫ですが、麻布の場合は規則がない分、失敗して、本来やってはいけないようなことに踏み出してしまう生徒がいるんですが、そこで学校が出てくる。何がいけなかったのか、友だちの人権をないがしろにしているんじゃないかと考えさせて「まずかったな」と自覚したら、その子はもう規則はなくても、自分の中にルールができるわけですから、同じ間違いはしないと思うんですね。
それは、我々もエネルギーをとられますし、すごく効率が悪いやり方かも知れないです。けれど、その子はもう、麻布を卒業してからも大丈夫だと確信が持てます。自由というのは、そういう部分を含めての自由と考えていただけるといいと思います。失敗して初めて、自由には責任が伴うんだということを、痛みとともに自覚してくれる子もいるということです。
クラブ活動について教えて下さい。
うちの学校は、文化部・運動部合わせて40を超えるクラブがあって、一部のクラブを除いてほとんど、中学生高校生が一緒に活動しています。高校生が中学生の指導をすることが多いですし、基本的には、部長やキャプテン、マネージャーを中心に活動していますね。

特に、活躍が目立つ部はどのような部ですか?
運動系では、中学のサッカー部は結構強くて、この10年間で2回ほど、都大会で500校以上ある中、決勝まで進んでいます。テニス部なども、結構良い成績を残していますね。
文化系についていえば、頭を使うボードゲーム系が強くて、囲碁部、将棋部は毎年のように全国大会に出場していますし、チェス部は数年前に、世界大会に出場する日本代表が本校から出ています。オセロ部というユニークなクラブもあって、これは英語の教員が作った部ですが、元々その教員が世界チャンピオンだったこともあって、活躍しています。
生物部、物理部、化学部などでは、科学オリンピックなどに参加して良い成績を修めている子もいますね。
クラブ活動への入部率はどのくらいですか?
クラブには、必ず入部しなければならないということはないんですが、中1では、ほぼ100%が入っていますし、2つ3つ掛け持ちで入っている生徒もいます。高校になると、クラブの責任ある立場になったりすることもあって、だんだん絞られていくようですけれど、高校2年の夏までは7、8割がクラブに入っているか、文化祭・運動会の実行委員やその他の自治活動の機関に参加して活動していますね。中高六年一貫で、高校受験がないので、その時期が一番のびのびでき、15、6才の多感な時期に、先輩後輩と揉まれるなかで、部活の内容以外の面でも、得るものが大きいと思っています。
大学受験に対する生徒さんの意識はいかがでしょうか?
だいたい高2の秋から、部活なども責任のある立場から降りたり、学校行事もだいたい終わってしまうので、やりたいことをすべてやりつくして、あとはもう勉強しかないと、なるようです。学校でも、高2の夏くらいまでは大学受験を意識させるようなことはありませんので、そこで激変するところがありますね。

塾に通っている生徒さんも少なからずいらっしゃいますか?
麻布では、中学の低学年の間は塾は積極的におすすめしません。というのも、だいたい1時間以上かけての電車通学で、学校も8時に始まります。夕方までクラブ活動をして家に帰ると、学校と塾の勉強がどちらも中途半端なってしまいがちです。
まず、生活のリズムをしっかり作るということが大事なので、学校の勉強を中心にやって下さいと言っています。さすがに、学年が進んでくると、学校の勉強に飽き足らないで、もっと深く知りたいとか、自分が苦手な教科を補強したいと考えて、塾や予備校に通う生徒も、中3、高1くらいから出てきますね。
それは、保護者が塾に行った方がいいとか、塾に行けば何とかなるとかいうのとは違って、目的があって、自分からの選択であれば、全然問題ないと思いますし、むしろ活用したらいいと思っています。受け身の状態ではダメですし、親の精神安定のために行くのは、一番悪いと思いますね。
東大へ進学される生徒さんが多いですね。
うちの生徒は、進学校ということで分不相応な大学を受けているんじゃないかとも思いますが、東大は進学先としては一番多いですね。ただ、大学に行ってからもいろいろ悩んで相談にくる卒業生もいますし、第一志望は東大だったかもしれませんが、別の大学に行って自分の実現をはかっている子ももちろんいますし、そういう意味では大学じゃなくて、何をやるかが大事だとは思います。
生徒には、いわゆるエリートコースの中央官庁の官僚や、華々しく活躍する国際弁護士というより、異色な経歴や仕事の話がインパクトを与えるようです。医者でも国境なき医師団で活動している話とか、エイズの問題を取り扱っていて、大変な状況の患者さんのために、役に立ちたいと思ってやっている方の話とか、そういう視点が、若い心にはインパクトがあるようですね。もちろん、国際的な弁護士でも、先進的な医療をするお医者さんも、世に中に貢献することは同じなんですけれど、そればかりじゃないよという構えで、生徒にいろいろな可能性を示したいと学校は思っています。何も東大に行くだけが大切ではなく、いろんな道があるんだということは、わかってほしいと思っています。
麻布学園として、世の中にどのような生徒を送り出していきたいとお考えでしょうか?
学校ですから、きちんとした学力を身につけていって欲しいと思いますが、今はインターネットなどが発達して、調べようとすれば知識はいくらでのアクセスできますから、単に知識の量を増やしていく勉強ではダメだと思うんですね。大きく変貌しつつある世の中に、積極的に自らかかわっていく意欲、気持ちを持った生徒を出したいと思っています。高校を出たら、とりあえず大学が頭にあると思いますが、大学に入って終わる知識だったら必要ない。大学はひとつの手段であって、将来、自分は社会にどんな形で貢献したいのか、そのためにはどういう大学に行きたいのか、今どういう勉強をしなければならないのかという考え方ができることが大事だと思います。

そのために学校でも、様々な刺激を与えています。授業の中で、それぞれの教科の教員がいろいろな話をするのはもちろんですが、たとえば進路指導部では、世の中で名を成してはいないけれど、社会で枢要な地位にあって活躍している、30代くらいの先輩に話をしてもらう機会を持っています。自分が今やっていること、それが中学・高校時代のどのような考えの延長にあるのかといったことを話してもらっているんですが、特に、高校生には人気のあるガイダンスです。
また、教養総合という授業があり、高1・2年の学年を取り払って、少人数のゼミ形式でいろいろな問題について考えたり、制作したりと、普段の授業ではできないような活動に取り組んでいます。
たとえば、体育ならボウリング場に行かなければできない「ボウリング」や、芸術では「シルクスクリーン」「篆刻」、人文系では「一緒にものを考える」「短編小説を書く」、科学系では「初等量子化学入門」とか、英語以外の外国語を学ぶラテン語、韓国語、中国語、フランス語など、様々な分野の全部で約40の授業を設置しています。各界の専門家の方に学校に来ていただいて、話をしていただく「リレー講座」もあり、「現代医療を考える」「司法と人権について考える」といったテーマで、自分の職業を通していろんな話をしてもらう。1学期8コマありますので、8人の方のお話をうかがうことになります。それが、自分たちはどう生きるのか、そのために何を考えて勉強しなければならないのかを考えるきっかけ作りにはなっていると思います。
学校は、勉強以外にも刺激を与える場だと思います。自分の中に勉強する喜びとか、得られるものの楽しみがわかると、子どもは変わっていきます。それは受け身の勉強とは違う、本当の勉強だと思いますね。単に知識をたくさん注入するのではなく、学び方を問うとか、そういう態度をつくっていくことが、むしろ学校の役割だとも思っています。
通常の授業でも、独特なものはありますか?
中学の入試問題でもそうなんですが、どの教科も単に知識を求めるよりも、自分の発想や読み取ったものを表現する、書くということを大事にしています。入学した後にも、とにかく書かせる授業が多いので、生徒は入試で、書くことが得意な子が選抜されると思っていただいていいと思いますね。
中3の現代文では、共同卒業論文ということで、教員の与えたテーマについての論文を半年以上かけて原稿用紙100枚以上を書きますし、高1の社会科では、自分なりに興味のあるテーマについて、社会科基礎過程修了論文を個人で書き上げます。また、この30年近く連綿と続いている『論集』があり、生徒の様々な分野での優秀な作品、論文等を載せています。芸術作品とか、卒業論文の優れたもの、それぞれの教科の授業で優れたレポートをしているものですとか、理科でも優れた観察結果などを載せて、全員に配るということにしているんですね。一種、生徒の励みにもなりますし、お互いに刺激し合うことにもなると思います。
わかるだけでなく、わかったことを人に的確に伝える力というのは、世の中に出ても絶対に必要です。書くことが、自分で考えて考え抜くことになりますので、責任にもなりますね。そういう訓練を中学・高校から、特に力を入れている学校だと思っていただいていいと思います。
先生として、保護者として、どのように子どもにかかわっていくのが良いとお考えでしょうか?
将来、何をやりたいかとか、進路を考えるとき、高校生はまだ考え方が狭いので、近くにいる大人が、自分の考え方や世の中の展望などをサジェスチョンするといいと思います。弁護士や司法関係を希望する生徒も多いですが、そういう職業は華々しく見えますけれど、争いがあるということは、人間同士の欲望や醜い部分に接することになり、そのどちらかの立場に立たなければならない。そういうことは高校生には見えないんですよね。
医者といっても、確かに病気を治す技術を持っていますけれど、今の医療ではどうしようもない病気もありますし、人の死ぬ場面に立ち会わなければならないわけです。人間としてどう患者さんに向かうかということが、求められていくと思うんですね。長く生きている保護者や教員は、きっかけになるアドバイスや子どもが考え及ばないことに対する注意を与える立場にあると思います。
自分の成績や偏差値がどうだから、この大学に行くというようなさびしい選択ではなくて、社会に出て何をしたい、それには大学はこういうところに行きたいと思ったら、一生懸命になれるんですね。今の成績は悪くても、気持ちがあれば、成績はどんどん伸びますし、たとえ1年目でダメでも、2年目で目標を達成する生徒もいますので、決して目標をあきらめないでほしいと思いますね。目的が定まったら、生徒は本当に力を発揮します。
ただ、うちの場合は気づくのが遅くて、現役の進学率が40%を少し超える程度で、半分以上の生徒が浪人するんですが、1年浪人すると、ちょっと遅れはしますけれど、だいたい第2志望ぐらいの学校には進学しているようなので、多少の気づきの遅れはあってもいいかなとも感じています。
これ以上、もっと東大にとか、もっと医学部にたくさんとか、そんなふうに舵をとってしまったら、たぶん違う学校になってしまうと思いますので、麻布は今の感じで、麻布らしくで、いいんじゃないかなと思っています。
子育てや子どもへの接し方について、何かアドバイスがあればお願いします。

実際、麻布に入ってくるお子さんは、4年生くらいから毎週塾に行って、鍛えられて入ってくるんですが、頭でっかちな子ばかりが入ってきてしまう傾向もあります。特に、小学校低・中学年では、実体験を積んであげてほしいと思いますね。昆虫の身体の仕組みはわかっても、触ってみたことがないとか、星座のことにはすごく詳しくても、実際の天の川は見たり、星をひとつひとつ見て確かめて見たことがないとか。お月さまが、何時何分にどこに出ているなんてことは、日常的に見ていればわかるんですよね。そういうのがわかっていて、理科の勉強をして、なるほどこういう仕組みなんだというのが筋なんだと思いますが、今は頭から入ってしまっている方が多いんじゃないかと思います。
国語でも、物語文を、誰それの気持ちを述べなさいとかいう問題を解くために読むのではなくて、本を読むっていうのは、自分を登場人物の様々な立場に置き換えたりしながら、楽しいから読むんだと思うんですよ。
そういう経験をいっぱい積むということが、入試のためにということではなくて、懐の大きな人間になるために必要だと思います。他人に共感する、そういう心性を養うことだと思うんですね。
うちの学校は、むしろ中学に入ってから、そういう塾でできた頭を解体する方向のことをしていて、特に中1は、実技がすごく多いんですね。実習とか実験とか。技術、家庭、体育、書道、美術と3分の1くらいが実技教科です。数学でも、工作用紙を与えて立体を作らせたりするんですが、ちゃんとできない子もいますね。けれど、平面と平面がどう交わって、頂点がどういう配置になっているのか、立体は手に持ってみないとわからなかったりしますので、なるべく、実物に触れる教育を重視していますね。理科でも実験が多くて、物理、化学、生物と、中1では全部やっていますね。
日常生活の体験が、学びに大きく関わっていくという点から言えば、学校でやれることは限界があります。入学してから後も、ご家庭の教育がすごく大事だと思います。