私学に求められるものは、校風や教育理念「人間らしく生きる」を校訓に、段階を踏んで教育を展開

インターエデュ(以下、エデュ):今日、私学に問われていることは何だとお考えでいらっしゃいますか?

東京電機大学中学校・高等学校 向芝京太校長

向芝京太校長(以下、校長):首都圏の私立中学校の受験者数は、平成14年くらいから増加し、平成21年から減少傾向にあります。受験者数が増えてきた平成14年頃というのは、小中で学習指導要領が改訂され、ゆとり教育のマイナスの側面がマスコミでも随分取り上げられた時期です。公立には子どもを預けられないという保護者の気持ちに後押しされ、私立中の受験者が増加してきたんですね。学力面でしっかりした教育をしてくれるのは、私立だという期待があったということだと思います。平成21年から減少してきたのは、平成20年に、リーマンショック、世界同時不況があり、なかなか学費の面で厳しくなってきたという、社会情勢があります。

ただ、あらためて私学の在り方を考えてみると、学力を伸ばすことだけが私学の魅力ではないだろうと思います。勉強させることは、どこの学校でもできる。集団の中で子どもを育てられるということも、私立でも公立でも学校であれば、当然行っていることです。これは学校が生徒や親に与える基本的な価値です。それでは、なぜ私立でなければならないかというと、その中で付加価値が必要になってきます。

東京電機大学中学校・高等学校 生徒達

私立学校の付加的価値として進学実績が高いことや、部活動が盛んだとか、生徒指導がしっかりしているということがあげられますが、これは多少の差はあっても、多くの学校でやっていることで、確かに学校の特色は出ていても、実質的には基本的なものだと私は考えます。
もっと踏み込んで考えて、私立学校の真の付加価値は何かというと、それを端的に表しているのは、校風や教育理念だと思うんですね。私立学校はそれぞれの学校が持っている理念、校風によって多様で、一律ではない。公立でも、むろん伝統校はありますが、それは私立とは違う面があると思います。

私は本校の卒業生で、この学校でしか教員をしていませんので、学校との関わりは長い。その間、工業科から普通科へ、男子校から共学化へ、移転や設備の充実などもあり、枠組みは変わってきましたが、中にいる私達が自分たちの学校としてつくってきたものがあるわけです。
伝統を受け継ぎながら、時代に即応してきたもの、そういう文化とか校風は、まさに私立独自のものだと思います。

現在の本校を端的に表しているのは校訓の「人間らしく生きる」ということです。人間教育をうたう学校はたくさんありますが、校訓に「人間らしく生きる」なんて言っている学校はないでしょう。
校舎の正面にはギリシア語で、「人間らしく生きることを学ぶ」という意味の文字が書かれています。日々、これを目にし、ここで学ぶことを意識してほしいということから校舎に刻んでいるんです。

社会学者のユルゲン・ハーバーマスに「近代――未完のプロジェクト」という著書がありますが、私は教育こそ、未完のプロジェクトだと思っています。いつも時代とともに子ども達が変わっている以上、変革し続けるしかない、終わりのあるものではないんです。私が親の世代と別の時代を生きてきたように、今の子ども達は、私や親とは違う時代を生きている。常に新しく、今の子ども達は今の子ども達の人生を生きているということを見据えなければいけない。終わりがないという意味で未完のプロジェクトなんですね。

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卒業時には、人生の力強い第一歩を踏み出すために、子どもの自立性を引き出す2つの個性
東京電機大学中学校・高等学校 授業風景

エデュ:中学校・高校時代を過ごす子ども達にとって今、必要なことは何でしょうか?

校長: 子ども達にもよく言うことですが、今の時代に、人の一生が氏、育ちで決まるようなことはないですね。そういう意味で、人は白紙で生まれてきて、自分の持っている白いキャンバスに人生という絵を描くのだという言い方をしています。

しかし、どんな絵を描くかは自分で決めなければならない。風景画なのか、人物画のようなものなのか、具象画なのか、抽象画なのか、あるいは油絵なのか、水彩画なのか…。その絵を描くための基礎となることを中学校、あるいは中高一貫の6年間で身につけさせたい。

卒業する時に、人生の力強い第一歩を踏み出していけるように、人生という絵画の最初の一筆をおろせるように、そのための基礎基本を身につけさせたいということです。

中学生に「人間らしく生きる」と言っても抽象的すぎて、当然無理があります。具体的な指導の方針が必要ということで、中学生には、校訓の他に行動目標を示しています。
それは、まず「あいさつがきちんとできること」、2つ目は「社会のマナーをしっかり守れること」、3つめは、「常に周囲への思いやりを持って行動できること」となっています。

まず、面と向かって人にあいさつができることが、社会的な第一歩ですよね。
1対1ではなく、クラス、学校など多くの人との中で円滑な人間関係をつくっていくためにはルールを守ることが大切です。
さらに、そのルールは自分に都合の良いことばかりではないですから、他人のことも考えなければいけないというのが次のステップで、思いやりが必要ということになります。核心は「人はひとりで生きているのではない」ということで、そこに向けて行動目標を与えて、段階を踏ませているということです。

東京電機大学中学校・高等学校 授業風景

中学、高校時代は「自立に向けての基礎づくり」「自己の探求」の時期だと思っています。
自立とは、自分自身が何かを知っていくことでもあるのですが、「何が自分自身なのか?」「個性とは何なのか?」と考えたときに、個性というものには、2つの側面があると、私は考えています。ひとつを、私は仮に「パーソナリティ」と呼びます。 その人の内面にある、その人にしかないものという意味での個性。たとえば、校内にピカソの『ゲルニカ』が飾ってあります。ピカソのキュービズムの代表的な絵ですが、こういう絵はおそらくピカソにしか描けないもので、ピカソの中に、ピカソだからというものがあるということですよね。全ての子にそういうものがあるわけですから、大切にしてあげたいですね。
個性のもうひとつの側面を「キャラクター」と呼んでいます。その人のまわりには、その人を取り巻くいろいろなものがあって、その関係性の焦点としてあなたがいるということ、まわりの全てのものがあなたをあなたにしているということです。

その2つの個性を、個性として引き出して、しっかりとしたものにしていくことが、自立だと思っています。あなたの独自性、オンリーワンだけを追求するというのは、つらいものがありますよね。誰もがピカソになれるわけではないですから。けれども、誰でも関係性の焦点としての自分もある、それも人とは違うわけです。そちらにも目を向けたいと思っています。

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中学・高校時代は自立に向けての基礎づくり経験を通じて自己を探求し、力強く人生のスタートを!
東京電機大学中学校・高等学校 校舎

エデュ:そのニーズの中で東京電機大学中高で取り組んでいることは何ですか? 私学ならではの教育としてどのようなことに取り組まれていますか?

校長:自立への基礎づくりということでは、本校では中高6年間を、2年ずつ区切って、ヘルプ、サポート、インディペンデンスと考えています。
中1の段階は、担任や教科担当者が細かく指導して、基本的生活習慣を身につけさせる時期。次は、少しひいて何かあったらサポートする段階。そして、高2、高3になればインディペンデンスの時期。そこではじめて自立していくという大きな流れを持って指導しています。

もうひとつ大切なこととして、本校では、自己を探求する経験を重視しています。
もちろん、教科教育をしっかりやって、知識をつけさせ、具体的な能力を身につけさせることは大切で、当然やっていくわけですが、子ども達に経験をさせることは、教科教育と別の意味で大切な意味を持つと思っています。

本校では、中1でボランティアの経験をさせ、中2では職場体験、中3では調べ学習の集大成として卒業研究をしています。卒業研究には特に力を入れていて、自分でテーマを1つ選び、選んだテーマについて調べたり、1年間かけてフィールドワークをして、論文を作成しています。

卒業生の話ですが、「法隆寺の仏像」をテーマにした生徒が史学科に進学したり、「耳と補聴器」の研究をした生徒が看護学科に進んでいるといったこともあります。「スペインのサッカーリーグ」を調べた子が、スペイン語学科に進んだという例もあります。もちろん、教育はそんなに簡単に結果に結びつくものではないですし、その時のことなど全く関係ない子も多いですが、いろいろな経験を積んで、まじめに取り組み、自分自身について考えてきたことには意味があると思っています。

高校では理系・文系の選択をする時期がありますが、その時になって考えてすぐに決められるというものではないですね。いろいろな体験をしているから、自分が何に向いているのかわかる。自己の探求という意味で経験を積むことが大切だと考えてやってきています。

東京電機大学中学校・高等学校 授業風景

エデュ:中学受験を考えている保護者は、この時期、子ども達とどのようなつきあい方をすればよいのでしょうか?

校長:どうしても親御さんは、自分の子どもに失敗させたくないと思う方が多いと思います。けれども、できないことに気づかせることも大切なんですね。失敗の中で学ぶこともある。安全でコントロールされた中だけでは、子どもは強くなっていかないと考えています。

本校では、中1と中3の合同遠足で御岳山に登っています。
去年は、大雨の中で遠足を決行しました。大雨だということで、朝、保護者の方々から抗議の電話がどんどんかかってきた。

ただ、朝、引率者はすでに現地に行っていて、そちらはほとんど雨が降ってないということを確認していましたし、御岳山は上まで登ると舗装道路で、安全に避難する場所もある。学校として安全面を判断して、進めているんです。

でも私は、雨の中で歩いてみるくらいさせても良いんじゃないかと思うんですね。
子ども達にとっては多少、冒険になるようなことがあってもいいと、そういうことも大切なのではないかと思います。何でも安全にということだけでは、子どもは強くなっていかないと思います。
この遠足では、中3は中1のグループのリーダーになることで、自分も2年前はこうだったんだと、子どもなりに自分の成長を知ることができることも良い点です。

もうひとつは、保護者の方、我々もそうですが、どこかで子どもの壁にならなければならないということです。何でも自由にさせれば良いというわけではなく、駄目なものは駄目と言うことが、特に小さい頃は大事です。そのための壁ですね。やがて子どもは自分の人生を歩くわけで、親の人生を歩くわけではありません。駄目なことはきちんと教え、自立させていくことが必要ではないでしょうか。

受験生の保護者の方へということで言うと、いろいろな学校をよくご覧になることが大切です。
本当は本校だけをご覧になってくださいと言いたいところですが(笑)、いろんな学校をご覧になると、きっと保護者の方の考えに合うような校訓や校風の中で教育されている学校があると思います。

また、中学受験では、すべて子どもが決めるというわけにはいきませんし、保護者の方が何校かを選んでその中から決めることになるかと思いますが、最後には、お子さんに決めさせてください。「自分が選んだのだから、がんばるしかない」と、どこかで子どもに責任を持たせ、自立させていくことが良いと思っています。

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人はひとりで生きているのではない思いやりを大切に、かけがえのない自分の人生を生きる
東京電機大学中学校・高等学校 向芝京太校長

エデュ:校訓では「人間らしく生きる」を掲げられていますが、これからを生きる子ども達が人間らしく生きていくためには何が必要でしょうか?

校長:人は時代を離れて生きていくことはできません。
そこで今の中学生や高校生が生きる時代はと言えば、昨年インタビューを受けていたら、別の答えをしていたかも知れませんが、今年は、平成23年3月11日が、忘れられない日として日本人の心の中に残った。その時代を今の子は生きていくということです。

今、最も、日本の中で求められていることは、助け合う心でしょう。

他の人との関係の中で生きていく、思いやりを忘れてはいけない。自分の人生を多くの人との協調的な関係の中で歩んでいくことが、今の日本で最も求められていることで、子ども達には、そのように歩んで行ってほしいと思っています。行動目標の最後の「常に周囲への思いやりを持って行動できる生徒」というのは、実はそういうことです。協調、他者への思いやりは、本校で非常に大切にしていることです。

「本校は全員が主役。全員で前進する学校でありたい」と、生徒達にはよく言っています。ひとりひとりは大切で、かけがえのないものです。けれども、みんなでいるということも大切だということです。

子ども達はやがて自分の道を歩く。誰でも自分のキャンバスに自分の絵を描くんですね。しかし、もっと大切なことは、それをひとりひとりが孤立して自分勝手にやるのではないということです。

人間らしく生きるとは、個人としてかけがえのない、誰のものでもない自分自身の人生を自分の力で力強く生きることです。
しかし、その人生は同時に多くの人の中にあって生かされている人生、多くの人に力を分け与える人生でもあります。個人として力強く生き、そして同時に、社会の中にあるものとして個人を超える結びつきを大切にすること、それこそが人間らしく生きるということであると、私は思います。

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