一橋大学が昭和2年に街の中心地区に移転して来て以降、数々の学校の開校と、閑静な住宅街の形成により、国立は学園都市として着実に発展。
昭和25年頃になると市内に遊興施設が出現し始めた為、市民と学生を中心に環境保全運動が活発化しました。
そして昭和27年、東京都条例によって市域の約3割におよぶ広大なエリアが「文教地区」に指定され、駅周辺から商店街、そして「プラウド国立」周辺の住宅地まで、法令で良好な環境が保たれています。
「プラウド国立」は、住宅地の中でも特に低層住宅の良好な環境が保たれた、第一種低層住居専用地域に位置しています。
一戸建てを中心とする穏やかな住宅街が広がり、周囲に高い建物のない心地よい開放感に包まれます。
「文教地区」の中で、第一種低層住宅専用地域。しかも街のシンボルである「大学通り」と交差する「学園通り」に面したこの地は、まさに国立を形づくる軸を担うエリアといえます。